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大阪地方裁判所 平成7年(モ)5579号 決定

申立人(被告)

中野博

外三四名

右申立人ら訴訟代理人弁護士

河本一郎

三浦州夫

相手方(原告)

籠屋幸子

右訴訟代理人弁護士

飯田秀人

鈴木利治

濱田耕一

主文

申立人らの本件担保提供申立てを却下する。

理由

第一  申立ての趣旨

相手方(原告)は、申立人(被告)らのために平成六年(ワ)第六九五一号株主代表訴訟事件の訴え提起の共同担保として金六九億円を提供せよ。

第二  事案の概要

一  本件は、コスモ証券株式会社(以下「会社」という。)の株主である相手方が会社の取締役又は監査役であった申立人らを相手に、申立人らの忠実義務違反等によって会社が被った損害を、商法二六七条に基づき、会社に支払うことを求めた訴訟(平成六年(ワ)第六九五一号株主代表訴訟)(以下「本件本案訴訟」という。)を提起したのに対し、申立人らが相手方の本件本案訴訟の提起は悪意に基づくものであるとして、商法二六七条五項に基づき、相手方に担保の提供を命ずることを求めた事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1  会社の第一事業法人部長、第二事業法人部部長代理三名及び第三事業法人部次長(いずれも当時)は、いずれも昭和六二年ころから複数の顧客に対し、有価証券の取引につき売買一任的取引を行っていたが、その後の株価下落から、多額の含み損が発生し、顧客から厳しく責任を追及された。そこで、第一事業法人部長は、平成元年八月から同三年五月にかけて、また、第二事業法人部部長代理三名及び第三事業法人部次長は、平成二年七月から同三年一〇月にかけて、いずれも会社に無断で顧客が時価を大幅に上回る価格により他の顧客と有価証券の直取引を行うことを仲介し、これらの仲介の過程で、右五名は、有価証券の買い付けを行った複数の顧客に対して、一定期間後に当該有価証券を時価を大幅に上回る価格で他の顧客に転売すること(いわゆる飛ばし行為)(以下「飛ばし」という。)を約束した。

2  会社は、第一事業法人部長の飛ばしを平成三年五月に、第二事業法人部部長代理三名及び第三事業法人部次長の飛ばしを同年一〇月に把握した。これら従業員の行った飛ばしは、会社に無断で行なわれた簿外取引であったことから、会社は、従業員が顧客と交わした約束、すなわち、時価を大幅に上回る価額で他の顧客に転売すること(転売先の斡旋)を履行する義務を負わないと考えたが、従業員の不法行為による損害賠償責任(使用者責任)を負うことになると判断し、しかも、取引総額が巨額であるため、右損害賠償に応じるとなると会社の存立問題に直結すると判断した。そこで、会社は、各顧客との間で右賠償責任を争って債務不存在ないし債務減額の交渉(以下「減額交渉」という。)をし、できる限り賠償額を減額しようとしたが、顧客との約束の期限までに減額交渉が成立せず、かつ、顧客からその約束の履行を厳しく要求された場合(もしその要求をあくまでも拒否すると、顧客の資金繰りの破綻(倒産)などの事態を惹起したり、あるいは、顧客から会社に対する訴訟の提起などにより従業員による簿外取引の全容が表面化して会社の信用が著しく毀損され、ひいては、会社そのものが倒産の危機に瀕する結果になることが予想され、このような事態を回避するため)、さしあたって会社自らが飛ばしを行い、さらにその余の顧客との間における減額交渉を継続することにし、その結果、会社は、平成三年六月から同四年九月にかけて飛ばしを行った(以下「本件飛ばし」という。)。

3  その後、最終の取引相手(買手)である海外法人三社から取引の決済(転売先の斡旋又はそれに代わる履行)の要求があり、会社は、長引く不況の下、もはや国内においてはもちろん、国外においても新たな転売先を見つけることは困難な状況で、また、市況の回復も期待できないことから、これ以上解決に時間をかけることはかえって会社の負担を増大させる結果になると判断し、平成五年七月、右決済の要求に応じることにし、本件飛ばしの決済を行った(以下「本件決済」という。)。しかし、債務額が巨額で、会社の純資産額を上回っていたことから、これを履行した場合、直ちに債務超過に陥って自力再建が不可能になるため、会社は、外部の支援が不可欠と考え、同月中旬、行政当局に対し、これまでの事実関係を報告するとともに、メインバンクである大和銀行に支援を要請した。

4  会社は、平成五年八月一三日開催の取締役会で、海外三法人に対し、金六九七億六一一〇万三九七〇円を支払うこと、右支払資金として金七〇〇億円を大和銀行から借入れることを決議し、右の金六九七億六一一〇万三九七〇円を臨時損失として計上した。これにより、会社は債務超過となった。

他方、この間会社は、右臨時損失額に相当する額の第三者割当増資による会社再建計画を、行政当局及び大和銀行に打診して支援と理解を求め、平成五年八月一三日までに同銀行から全面支援の内諾を得るとともに、当局の内認可を得た。

そこで、会社は、平成五年八月一七日開催の取締役会で、大和銀行を割当先とする七八〇億円の第三者割当増資を決議し、同月一九日、大和銀行に対する公正取引委員会の認可が下りたことから、同年九月、右第三者割当増資を実行し、臨時損失の計上に伴う債務超過が解消された。

5  会社は、平成五年八月二七日、東京証券取引所から二五〇〇万円の過怠金を、また、同年九月三日、日本証券業協会から四〇〇〇万円の過怠金をそれぞれ課され、その支払を行った。

三  申立人らの主張

1  商法二六七条六項、一〇六条二項にいう「悪意ニ出デタルモノ」とは、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などに、そうした事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと認められるときをいう。

2(一)  会社の行った飛ばしは、その外観において、従業員ないし会社が顧客との間における時価を大幅に上回る金額による有価証券の売買(直取引)を仲介し、その仲介の過程で当該有価証券の買い付けを行った顧客に対し、一定期間後にそれを時価を大幅に上回る価格(売買代金額に一定の利息を上乗せした金額)で他の顧客に転売することを約束する取引である。しかし、このような取引は、有価証券の売買とはいうものの、その目的は従業員ないし会社の資金調達にあること、その価格(売買代金額)は当該有価証券の時価と大きく乖離し、有価証券の値動きに着目して決定されたものではないこと、買主も代金額が時価を大幅に上回るものであることを知っていて、将来の値上がりを見込んで買い受けるものではないこと、買主との間では、一定期間後に時価を大幅に上回る価格(右代金額に一定の利息を上乗せした金額)でさらに他の顧客へ転売することがあらかじめ約束されていることなどの経済的実質的内容に即して判断すれば、飛ばしは、その法的性質において、従業員ないし会社が買主たる顧客から、売買代金相当額を元本とし、約束にかかる将来の一定時期を弁済期として右金員を借り入れ、弁済期までにさらに第三者から当該有価証券の売買(転売)代金名目で借り入れた金銭をもって右元本(及び弁済期までの一定の金利)の弁済に充てることを約した顧客と従業員ないし会社との間の金融取引(金銭消費貸借契約)であると解するのが相当である。なお、その際、当該有価証券は、従業員ないし会社から買主に対し、右借入金債務を担保する譲渡担保物件として差し入れられているものと解される。

このように、飛ばしは、法律的には会社と顧客(買主)との間の金融取引(金銭消費貸借契約)であり、会社が海外三法人に対し、合計約六九七億六一一〇万円を支払ったのは、借入金の弁済であって、有価証券の売買につき生じた損失を補填する目的でなす財産上の利益提供には当たらず、したがって、本件決済は、証券取引法五〇条の三第一項の損失補填には当たらない。

(二)  本件決済に先立つ本件飛ばし自体についても、被告らには賠償責任(法令違反)はない。

(1) すなわち、前記のように飛ばしは、法律的には会社と顧客との間の金融取引(金銭消費貸借契約)で、損失補填行為ではないから、証券取引法五〇条の三第一項各号に該当しない。

(2) また、会社は、従業員が簿外かつ無断で行った取引を把握した時点で、すでに使用者責任に基づく損害賠償責任を負っていたことになるが、会社は、右賠償責任の債務額を確定できず、場合によっては会社の存立問題に直結することから、当面は賠償責任そのものを争い、あるいは、減額交渉に努め、交渉が不調となった顧客との関係で自らが本件飛ばしを継続したのであり、平成三年六月から同四年九月にかけて行われた本件飛ばしも、会社が法的に負担している右損害賠償債務を履行する資金を調達するためのもので、したがって、取締役が行ったこれらの取引によって会社に新たな損害は生じていない。

(3) このように本件飛ばし自体についても、これに関与した役員に忠実義務違反があったとはいえず、監視義務違反もない。

3  仮に、被告らに、法令違反行為があるとしても、これによって会社に損害は発生していない。

すなわち、本件決済による六九七億六一一〇万三九七〇円は、法的には、平成三年五月及び同年一〇月に従業員による取引を把握した時点で、すでに使用者責任に基づき負担していた損害賠償債務の一部であって、その後に行われた本件飛ばしによって新たに発生したものではない。

4  仮に、本件飛ばしによって会社に損害が発生したとしても、その後実行された第三者割当増資により右損害は補填されている。

すなわち、会社は、平成五年八月一三日開催の取締役会で海外三法人に対し、六九七億六一一〇万三九七〇円を支払うことを決議し、同日付けでこれを臨時損失として計上したが、これにより債務超過に転落することから、会社は並行して、右臨時損失額に相当する額を第三者割当増資によって調達する方法で会社を再建することにし、大和銀行及び行政当局に打診してその内諾を得、同月一七日開催の取締役会決議を経て、大和銀行を割当先とする七八〇億円の第三者割当増資を実行した。その結果、会社の臨時損失計上に伴う債務超過状態は解消されたのであり、本件飛ばしの決済により確定した会社の損失は、第三者割当増資によって補填され、消滅したものと評価することができる。

5(一)  会社による本件飛ばしの経緯、その仕組みや内容、本件決済の経緯などの事実関係については、新聞その他のマスコミ報道、公刊物などによってこれを容易に把握することが可能であり、本件決済後の経過、とりわけ大和銀行を割当先とする第三者割当増資による会社の臨時損失の補填の経過についても、新聞報道などにより相当程度詳細な事実関係を把握することが容易に可能であるところ、原告は、会社による本件飛ばしの実態を無視ないし曲解して、本件飛ばしとは甚だしく乖離した「飛ばし」に関する独自の理解を前提として、本件決済が証券取引法五〇条の三第一項所定の損失補填に該当する旨を主張している。しかし、本件飛ばしは、前記のように、何ら証券取引法五〇条の三第一項に違反する行為ではなく、それに関与した取締役に善管注意義務違反や忠実義務違反はなく、その他の取締役の監視義務違反も問題にならないのであり、原告の本訴請求は、主張自体失当といわざるを得ず、そうでないとしても請求原因の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があるというべきである。

(二)  また、被告らの行為によって会社に何らの損害も発生していないし、仮に損害がいったん発生したとしても、事後的にすべて消滅しているのであるから、被告らの責任原因(義務違反)を論じるまでもなく、本訴請求は主張自体失当であるか、請求原因の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があり、あるいは、被告らの抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合であるといえる。

(三)  そして、これらの点は、原告の主張内容そのものに関する事柄であり、かつ公表された客観的資料から認識しうる事柄であるから、原告は、右のような事情を認識しつつあえて訴えを提起したものとして、悪意が認められるべきである。

6  さらに、以下の諸事情は、原告の「悪意」を認定する際に留意されるべきである。

(一) 原告は、本件飛ばしないし本件決済が新聞報道などによって公表された後に、会社の株式一〇〇〇株を取得し、株式取得後法定の六か月を経過するやまもなく本件本案訴訟を提起している。このことは、原告の株式取得が本件本案訴訟の提起それ自体を目的としていることを示しているし、本件本訴訟の提起が純粋に株主としての利害意識や愛社精神だけではなく、何らかの個人的な意図、目的、感情が働いていることを容易に推測させるものである。

(二) 会社は、平成六年六月二九日、第九六期定時株主総会を開催し、第一号議案として、平成五年八月一三日の取締役会決議で特別損失として計上した六九七億六一〇〇万円を含む「第九六期損失処理案承認の件」を付議したが、原告は、議決権行使書で白票(白票は賛成として扱う。)を投じている。これは、本件本案訴訟における原告の主張と矛盾し、会社の利益を保全しようとする株主の態度として一貫しない。このような原告の態度にかんがみると、本件本案訴訟の提起は、会社に代わって会社の利益財産を保護することを真に目的としたものとは到底いい難い。

(三) 会社は、現在当面の危機を乗り越え、全社一丸となって再建に取り組んでいる最中であるが、このような状況の下で、わずか一〇〇〇株の株主である原告ただ一人から本件本案訴訟を提起されたことは、被告役員らに対し不当に応訴の負担を負わせるとともに、士気の低下を招き、ひいては会社の業務執行などにも好ましくない影響を及ぼすおそれがあり、全体的に見て会社の真の利益に反するものと危惧される。

四  被申立人(原告)の反論

1  被告らは、本件飛ばしが金融取引(金銭消費貸借契約)である旨主張するが、このような主張は到底容認できない。

(一) すなわち、会社の従業員は、株価下落などにより損失を被った顧客に対し、その損失を会社として保証ないし補填することを約束していたと考えられるが、従業員は、顧客に対し、直接的に損失補填を実行することなく、顧客の有する有価証券を他の顧客に補填金額相当額の売買価格で売却、譲渡することを仲介し、顧客間で有価証券の売買が成立して、有価証券の売買代金が支払われることによって売主である顧客は、会社から損失補填を受けたのと同様の結果となる。そして、従業員は、有価証券の買主に対し、同様に有価証券の売却、譲渡を仲介し、その過程で新たな買主との間で損失の保証ないし補填を約し、以後同様の取引を繰り返すというのが、飛ばしの実態であり、これにより、従業員が会社の名において履行すべき損失補填の実行が、新たな買主に順次繰り延べられていく。

会社は、従業員に代わり、平成三年六月から同四年九月にかけて本件飛ばしを繰り返し、その都度買い付けを行った顧客との間で一定期間後に当該有価証券の株価が上昇せず右顧客が損失を被った場合、右損失を保証ないし補填するとの合意をし、平成五年七月、最終の買手となった海外法人三社に対し、右合意に基づく金六九七億円余りの損失補填を実行した。

このような飛ばしの実態からすれば、被告らの主張は、実態にそぐわない単なる詭弁にすぎない。

(二) 飛ばしにおいて、有価証券の売買及び代金の授受は顧客間で行われ、従業員ないし会社は単なる仲介業務を担当するだけであるから、従業員ないし会社は売買代金を授受する法的地位ないし権限があるわけではなく、したがって、飛ばしにおいて従業員ないし会社との関係では、消費貸借の要物性は充たされてなく、金銭消費貸借契約自体不成立というほかない。

(三) また、被告らの主張は、当初なされた従業員と顧客との損失補填契約が、飛ばしを繰り返す過程の中で損失補填契約が金銭消費貸借契約に変容していくという論理であるが、そうだとすると、証券会社は、顧客に対し、損失の保証ないし補填を約束してもこれを履行することなく、飛ばしにより当該有価証券を順次転売していくことによって証券取引法五〇条の三第一項の適用を免れるということになる。

2  被告らは、従業員の行った顧客からの借り入れは権限外の行為であって、会社に対する関係では当然にその効力が及ばないものの、会社は使用者責任を負うと主張する。

しかし、飛ばしが従業員の金融取引であれば、それは使用者の事業の範囲外の行為で、会社は何ら使用者責任を負う義務はないし、仮に飛ばしがその外形から見て使用者の事業の範囲内に属すると認められるとしても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、相手方が右の事情を知り、又は重大な過失によってこれを知らなかったときは、使用者はその取引行為について使用者責任を負担しないところ、従業員の無断かつ簿外の飛ばしは、まさに会社が使用者責任を負わない事例である。

3  被告らは、本件決済により会社に何ら新たな損害が発生していないと主張するが、会社が最終的に支払った海外法人三社に対する約六九八億円は、当初の従業員が顧客に対して行った損失保証ないし補填の履行義務が順次相手を代えかつ拡大しながら遷延したにすぎないから、被告らの監視義務違反などによって発生した会社の損害である。

4  被告らは、本件決済によって会社に損失が発生したとして、その後に実行された第三者割当増資により右損失は補填されたと主張するが、いったん発生した損失は、第三者割当増資がなされたとしても、損失と増資との間に何らの法的因果関係がない以上、本件決済により発生した損失が補填されたと評価することはできない。本件損失と増資とは、次元の異なる問題であり、本件損失がなければ、会社は増資によって資金が潤沢となって資産が増加していたはずである。

5  被告らは、原告の株式取得時期を問題視しているが、わが国では、アメリカと異なり、行為時株主の原則を要件としていないのであるから、原告適格性を問題にする必要はなく、原告の本件本案訴訟の提起の主観的意図を推測する必要もない。

また、被告らは、原告の株主総会での対応を本件本案訴訟の提起と矛盾すると批判するが、原告は、右総会の議決権行使書で白票を投じたことと本件本案訴訟の提起とは何ら矛盾するとは考えていない。

第三  当裁判所の判断

一  本件本案訴訟の概要と審理について

1  本件本案訴訟は、会社の取締役又は監査役であった申立人らを相手に、会社に対し、六九八億六五〇〇万円の損害賠償金とこれに対する遅延損害金を支払うことを求めるものであるが、その請求原因の要旨は、「会社の従業員は、昭和六二年ころから、複数の顧客に対し、飛ばしを実行していたが、会社は、平成三年五月に従業員の右事実を把握した後、会社は、平成四年二月から八月にかけて三社に対し、飛ばしを実行し、平成五年八月一三日までに右三社に対して六九八億円の損害賠償をし、さらに、平成五年八月二七日、東京証券取引所から右飛ばしに対する過怠金として二五〇〇万円を、同年九月三日、日本証券業協会から同様に四〇〇〇万円を、それぞれ課されて支払った。右飛ばしは、平成三年一二月三一日以前に行われたものは、旧証券取引法五〇条一項五号により、また、平成四年一月一日以降に行われたものは、証券取引法五〇条一項六号によりそれぞれ禁じられた行為であり、右飛ばしの決済として支払った六九八億円の損害賠償は、損失補填に該当し、証券取引法五〇条の三に違反するものである。会社の取締役及び監査役は、違法な支払を阻止すべき会社に対する忠実義務又は右支払がなされることのないよう監視する義務があり、また、会社の取締役は、飛ばしが行われるのを防止するため適切な措置を取るべきであり、会社の監査役は、取締役の飛ばしを防止すべき義務があるし、会社の飛ばしが公表された後は、取締役に対し、損害賠償責任を追及すべきである。申立人らは、いずれも会社の取締役あるいは監査役であり、又は過去に会社の取締役あるいは監査役の地位にあった者であるが、右のような義務に違反し、もって会社に六九八億六五〇〇万円の損害を被らせた。」というものである。

2  本件本案訴訟は、平成六年七月一五日に提訴され、平成六年一一月一六日に第一回口頭弁論期日が開かれた後、今日まで一五回の口頭弁論期日が重ねられ、争点整理がなされているところである。他方、申立人らは、平成七年九月八日に本件担保提供の申立てをし、右本案訴訟の審理と並行して本件審理がなされてきた。

二1  申立人らは、商法二六七条六項、一〇六条二項所定の「悪意ニ出デタル」場合の意義について、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などに、そうした事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと認められるときをいうとの理解を前提に、①飛ばしは、法律的には会社と顧客(買主)との間の金融取引(金銭消費貸借契約)であり、会社が海外三法人に対し、合計約六九七億六一一〇万円を支払ったのは、借入金の弁済であって、有価証券の売買につき生じた損失を補填する目的でなす財産上の利益提供には当たらず、したがって、本件決済は、証券取引法五〇条の三第一項の損失補填には当たらないし、本件決済に先立つ本件飛ばし自体についても、申立人らには賠償責任(法令違反)はないこと(前記申立人らの主張三2)、②仮に、申立人らに、法令違反行為があるとしても、これによって会社に損害は発生していないこと(同三3)、③仮に、本件飛ばしによって会社に損害が発生したとしても、その後実行された第三者割当増資により右損害は補填されていること(同三4)を主たる理由とし、相手方の本訴請求は主張自体失当であり、そうでないとしても請求原因の立証の見込みが低いことを予測すべき顕著な事由があり、相手方は、このような事情を知りながら本件本案訴訟を提起したものであり、かつ、同三6の事情を併せ考えると、相手方には悪意があると主張する。

2  そこで案ずるに、商法二六七条六項、一〇六条二項にいう「悪意ニ出デタルモノ」とは、①請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは申立人の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などに、そうした事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと認められるとき、②株主代表訴訟を手段として不法不当な利益を得る目的で訴えを提起した場合をいうと解することができる。そして、本件において申立人らがその該当性を主張する右①の存否の判断に当たっては、その主張する内容が本案訴訟において主たる争点として判断されるべき事項であるときは、本案審理・判断の先取りとなることや株主代表訴訟制度において認められた株主の利益、さらには担保提供命令申立事件の手続が疎明によって判断されるものであることなどを考慮して、慎重になすべきである。

3(一)  申立人らの主張三2について

本件において、会社の従業員が当初行った飛ばしは、株式を所有していた当初の顧客が株価の下落によって発生した含み損を補填することを目的としていたが(もっとも、本件では、この時点で、証券取引法により損失補填は禁じられていなかった。)、その後の飛ばしは、当初の顧客から当該株式を買い受ける顧客との関係では、株式の時価を大幅に上回る金額による株式の売買(直取引)を仲介し、その過程で、一定期間後にそれを時価を大幅に上回る価格で他の顧客に転売することを約束し、これが順次行われていったというものであるとの限度で、当事者間に争いがない。右の事実に基づく限り、当初行われた飛ばしを除くその後の飛ばしは、株式の時価の下落による損失の補填という意味は少なく、特に、飛ばしが繰り返されることによって、株式の売買価格と株式の時価との乖離が大きくなり、株式の時価と無関係に売買価格が決まることから、損失補填としての意味がますます少なくなる。このように、飛ばしにおいては、株式の時価と無関係に株式の買取価格が決まり、しかも、株式の転売につき一定の期間が定められていることからすると、申立人らの主張するように、飛ばしを金融取引(消費貸借契約)と見る余地もあるということができる。

しかしながら、相手方は、飛ばしの内容につき、顧客が買い取った当該有価証券の株価が上昇せず顧客が損失を被ることとなる場合は、その損失を会社として保証ないし補填することを約束していたとも主張し、このような合意がなされている場合には、申立人らも飛ばしを金融取引(消費貸借契約)であるとまでは主張しないようである。また、当該株式を買い受けた顧客が、株価の下落による損失補填であることを認識しながら当該株式を買い受け、しかも、その顧客と会社との間でその旨の合意が存在するなどの事実がある場合には、当該株式を買い受けた顧客は、当初の顧客に対する損失補填に手を貸すものといえるから、飛ばし行為全体が証券取引法に違反する損失補填に該当するとも解することができなくはない。

そうすると、従業員又は会社が行った飛ばしの法的性質をいかに解するかは、当該飛ばしの内容いかんによってその結論が異なるものということができるところ、右の事実について当事者間に争いがあり、本件記録を精査するも、本件飛ばしが申立人らが主張するような内容であったとまで認めるに足りる資料がないこと(疎甲一、一〇は、申立人本人が一方的に記載した陳述書に過ぎず、これをもって右事実が何らの疑いなく認められるとの結論には達しない。)、飛ばしの法的性質については、これを消費貸借契約以外の法的構成(買戻条件付き売買契約)をする裁判例があること(疎甲一三)などを勘案すると、本件飛ばし及びそれに先立つ飛ばしが金融取引(消費貸借契約)であったと一義的に認めることはできない。

そうすると、本件飛ばし及びこれに先立つ飛ばしが金融取引(消費貸借契約)であることを前提とする申立人らの右主張は採用することができない。

なお、申立人らは、本件飛ばしによって会社に新たな損害が生じていない旨主張する(申立人らの主張三2(二)(2))が、右の主張が理由のないことは後記二3(二)のとおりである。

(二)  申立人らの主張三3について

従業員による飛ばしによって負担した債務を会社が支払を拒絶しうる余地がないではないこと、本件飛ばしが違法な行為である限り、これによって会社に負担せしめた債務は損害であることに変わりはなく、このことは右飛ばしの原因となった損害賠償債務の存在によって左右されるものでないことに徴すると、申立人らの右主張は失当である。

(三)  申立人らの主張三4について

前記争いのない事実によると、申立人ら主張の事実を認めることができるところ、右の事実によると、会社は、会社に生じた債務超過状態を第三者割当増資によって解消させたものということはできるものの、本件飛ばしあるいはこれに先立つ飛ばしによって会社が負うに至った損害を補填したものとはいうことができない。仮に、本件飛ばしあるいはこれに先立つ飛ばしがなければ、右増資額は会社に確保されたままの状態であったのであるから、右増資によって債務超過の状態が解消されたからといって、申立人らに対する本件損害賠償責任を免れさせるには至らない。

4  以上判示のとおり、申立人らが主張する、相手方の本訴請求は主張自体失当であり、そうでないとしても請求原因の立証の見込みが低いことを予測すべき顕著な事由があるとして主張する主要な事由は認めるには至らないが、申立人らは、申立人らの主張三6(一)、(二)の主張もするので、検討する。

仮に、相手方が本件本案訴訟提起のために会社の株式を取得したものであるとしても、株主代表訴訟において、原告の株式取得時期を要件としていないことに徴すると、右の事実のみをもって悪意を推認するには至らない。

また、右(二)のような事実があったとしても、右の事実は、会社が株主総会に上程した本件飛ばしによって会社に生じた損失六九七億六一〇〇万円を特別損失として計上した「第九六期損失処理案承認の件」につき、相手方が異議を留めなかったというに過ぎず、これをもって相手方が取締役らの会社に対する損害賠償責任を求める意思を放棄等したものとまでいうことはできないから、相手方の本件本案訴訟の提起が不当である(悪意がある)とまでいうことはできない。

よって、申立人らの6の主張は採用できない。

三  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、申立人らの本件担保提供の申立ては理由がないので却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官松山恒昭 裁判官末吉幹和 裁判官小林邦夫)

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